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ハイセイコー

Posted by 百済 on 05.2012 0 comments
昨日(5/4)は昭和の時代に活躍した元祖アイドルホースのハイセイコーの命日です。

なぜ亡くなって12年も経つのにハイセイコーの命日を覚えているかというと、

亡くなった2000年5月4日に私はハイセイコーを訪ねていたからです。

当時北海道に住んでいた私は馬産地の日高地方に馬を見に来ていました。

そして、11時過ぎに毎年欠かさず会いに行っていたハイセイコーのいる牧場に伺い、見学させていただきました。

その日は小雨が降っていて、ハイセイコーは放牧されずに馬房の中にいました。

いつもはもくもくと草を喰み、なかなか顔を上げてくれないので写真をうまく撮ることが出来なかったのですが、
不思議とその日はじーっとしていて私を見つめていたので、カメラ目線の写真を撮る事ができたのと、無意識的にその日のハイセイコーは神々しさがあり、見学後に私は夫に「今日のハイセイコーは後光が射しているようだった」と伝えたのを覚えています。

午後になり、自宅へ帰る途中に聴いていたラジオからハイセイコーが亡くなったという信じられない報道が流れてきました。

私達はすぐに車を引き返し、牧場に向かいました。

報道によると、ハイセイコーは午後一時半頃、放牧地で倒れているのを発見されたそうです。

私達が牧場に到着したのは午後四時過ぎ。

牧場の方に亡きがらに会わせていただけないかお願いをしたところ、ハイセイコーはすでに埋めてしまったとのことでした。

私は悲しくて、信じられなくて、人目をはばからず泣いてしまいました。

牧場にはマスコミの関係者も取材に来ていて、私はインタビューもされました。

その後日、ハイセイコーの生まれ故郷の新冠町で盛大なハイセイコーのお葬式が執り行われ、私は最後の写真となってしまった馬房で写したハイセイコーの写真を持って参加し、お供えさせていただきました。

それくらい思い入れの深い大好きな馬でした。

毎年季節ごとに写したハイセイコーの写真は私の宝物です。

でも、お葬式の会場で私は耳を疑う会話をたまたま聞いてしまってから、私の中である疑問が12年も経った今もくすぶり続けています。

何故午前中は馬房にいたのにその一時間半後に高齢にも関わらず放牧地に出されたのか?

まだ放牧地は雨で濡れていたはず。

何故、あんな大きい身体の馬を亡くなってすぐに埋めることができたのか?
突然の事だったのに、そんなことは可能なのだろうか。

これはあくまでも私がそう感じているだけなので、誤解のないようにお願いいたします。
でも...あの日、亡くなる数時間前に自分もいたからこそ、どうしても辻褄が合わず納得がいかないのです。

ハイセイコーが亡くなる以前、私は見学させていただいたある別の牧場の奥様とお話する機会があり、「???」と感じる出来事がありました。

「○○○○○○○(馬の名前)が先日亡くなったのよ。でもね、あの子は馬主孝行な馬でね、あと数日で保険が切れるところだったんだけど、その前に死んだの。」

当時の私には何を言っているのかよくわからないのと、全然悲しんでいないむしろ嬉しそうな様子の奥様に違和感を感じました。

ハイセイコーの死はその時の違和感と同じものを感じるのです。

これ以上私は詮索する気はありません。

昔テレビで競走馬のことを「経済動物」と言ってた人がいました。

私は競馬界の光と影を垣間見たのでしょう。

でも、今もふと思うんです。

あの日、ハイセイコーは自分の命が終わりを迎えるのを悟っていたのではないかと。













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実現できる夢は必ず戻ってくる!

Posted by 百済 on 02.2011 0 comments
私がまだ20代の頃、たまたまつけたテレビで競馬中継が放送されていました。

なにげに見ていたら、それは障害レースで、出走馬も6頭というこぢんまりとしたレースでした。

が、非常に面白いレースだったんです

6頭のうち2頭の馬の騎手が落馬し、その落馬した2頭が騎手を乗せないままそのままレースを続行し、障害をしっかりと飛越し、先頭争いをしているんです!

先頭を行く馬も必死で、最後は2頭のカラ馬を押さえてゴールイン!

その時の勝ち馬は「ポレール」といい、その後の障害界を盛り上げた名馬です。(引退後は阪神競馬場の誘導馬になりましたが、現在のポレールの近況をご存じの方教えて下さい)

学生の時にJRAの場外馬券売り場でアルバイトをしていましたが、馬券を購入してはいけない規則だったので、
武豊とオグリキャップくらいしかわからず、あまり興味もありませんでしたが、この日を境に私は競馬の世界に興味を持ち、のめり込みました。

馬券ももちろん購入しましたが、それよりも血統や馬の個性に興味があり、当時は北海道に住んでいたので、かつての名馬たちが暮らす馬産地に出かけていろいろな活躍馬を見学させて頂きました。

馬を撮影する為にカメラ教室にも通い、馬の勉強にも頼み込んで参加させてもらったりと、それは熱心でした。

そうしているうちに、競走馬の悲しい現実も知りました。

競走馬は活躍できないと、淘汰されてしまうのです
しかも、たとえ活躍したとしても、今度は走る子供を出せないとそこでまた淘汰されてしまいます。

せめて重賞を勝った馬だけでも安心して一生を過ごさせてあげらないものだろうか

そんな想いが次第に沸き起こり、いつか引退馬の為に何かしたいと思っていました。

しかし、時は流れて、子供が生まれ、北海道から離れ、馬との距離が出来るにつれて馬のために何かをしたいという夢を心の奥深くにしまい込んでしまいました。

それが先日、ある1通の手紙で呼び戻されたのです!

差出人は北海道で「ホースガーデンしらおい」という引退馬が安心して暮らせる牧場をオープンした方でした。

面識はないのですが、私が競馬にのめり込んだきっかけとなったレースの勝ち馬「ポレール」のライバルだった「ケイテイタイガー」がそこで余生を過ごしていました。

「ケイテイタイガー」は、現役時代は憎きライバルでしたが、引退後は自分が生まれた牧場に引き取られ、何度か会いに行き、牧場の方のご厚意で毎年「ケイテイタイガー」から年賀状が届く仲でした

今までは牧場の個人負担でお世話をしてもらっていたのですが、「ホースガーデンしらおい」ではフォスターペアレント(里親制度)を一口1000円から募っており、「ケイテイタイガー」はフォスターペアレントに支えられて暮らしていました。

私もこのフォスターペアレントになろうと思います。「ケイテイタイガー」の幸せな余生を支えていきたいです。

いままで胸に秘めていた想いがやっと実現できそうで、ワクワクしています
きっと今があの時の夢を叶える絶好のタイミングなのでしょうね


長い文を読んでくれてありがとうございます。アヒルちゃんをクリツクして下さると嬉しいです











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